CARMEN MAKI & OZ

「カルメン・マキ&OZ V」より

1972年、女性Vocalistカルメン・マキを中心に結成された日本の本格的ハード・ロック・バンドの草分けです。幾度かのドラマー等メンバーの交代はあったものの、カルメン・マキとGuitarの春日(ハチ)博文のコンビは数々の名曲とライヴ伝説を残しました。’77年10月惜しくも解散。



 
◇伝説のバンド!





 今でも思い出します、あの「私は風」を聴いた時の驚きと胸の高鳴りを!ドラマチックで美しいメロディ、心を騒がせる歌詞世界。そして何よりも詞の世界に引き込んでくれたのは、カルメン・マキの伸びやかで力強くも情感溢れるVocalでした。こんなに素晴らしいバンドのライヴをぜひ観たい!そう思った時には既にバンドは解散しており、悔しさがいつまでも心に残ったものです。
 1975年の1st.は今でも名盤として語り継がれています。作詞:加治木剛・Maki Annete Lovelace/作曲:春日博文/によるOZの世界は、切り取られた風景の中に聴くものを誘い、「私」のなかに自分を見出すのです。午前1時の街角に座り込んでいるのは私であり、6月になれば夏を待つ憂鬱な気分になる....。カルメン・マキの歌が紡ぎ出す物語にすっかり魅せられていきました。ロックを聴き始めたばかりの当時の私にはOZはまさしく魔法使いでした。
 OZのサウンドの魅力は春日博文のHeavyなGuitar、川上茂幸の野太く唸るBass、それにからむメロディアスなキーボードを効果的に使ったドラマチックなサウンドにもあります。もちろん、アコースティックな小品やバラードも極上です。OZは当時全盛だったDEEP PURPLEやURIAH HEEP型のバンドとも言えます。後にURIAH HEEPを聴いた時、OZのルーツを見つけたような気がしてとても興奮したものです。
 OZが解散した翌年'78年に発売された「ラスト・ライヴ」には、ライヴでのOZの圧倒的迫力が記録されています。私が1st.の後に聴いたのは実はこのライヴ盤でした。1977年のOZの生の音です。君が代(まるでジミヘン?)のギター音から始まるライヴはOZの歴史の凝縮を思わせる名曲揃いで、臨場感あふれるライヴ音からはライヴバンドとしてのOZの凄みを知ることができました。特に「私は風」での観客の合唱、マキさんの「シビア〜」という台詞。胸が熱くなりました。しかし、もうカルメン・マキとOZのライヴは観る事ができない...。そして、伝説となったバンドの面影を追い求める私の旅が始まりました。
 
 
◇体験者のお話   前述した通り、私はOZを同時代体験することができませんでした。ところが、その貴重なライヴを観ていらっしゃるゲストの方がいらっしゃいます。その当時の思い出とともにマキさん・OZへの思いを書いていただきました。「火の鳥へ!」をぜひクリックしてみてください。


◇出会い  管理人がロックに目覚めた頃です。友人に「ハードな音が聴きたいな。」ともらしたら、2本のカセット・テープを貸してくれました。1つはDEEP PURPLE。突然1曲目があの"High Way Star"から始まったもので、超初心者だった私はHeavy過ぎてこれはダメだと思いました(^^;。今やメタル耳ですがね(笑)。そしてもう1つが運命の「カルメン・マキ&OZ」1st.だったのです!たちまちOZの世界に魅せられ、ハマってしまったのは前述の通りです。
 その後、1stはお気に入りの愛聴盤となり、繰り返し繰り返し聴く日々が続きました。そう言えば、或る日沢田研二主演の映画「太陽を盗んだ男」を観る機会がありました。で、何とその中で「私は風」が流れたのです!DJ・ブースのシーンのバックに...。やはりかっこ良かった(^^)
 OZのその後を追い求めてマキさんの5X、春日さんのNOIZも観ました。しかし、どちらも私の求めるOZではありませんでした。5Xで「とりあえず...Rock'n Roll」を聴けたのは幸運だったかもしれないし、NOIZでの春日さんと人見元基のコンビを観た事も良い経験だったかもしれません。しかし....。マキさんも春日さんも新しい音世界に進んで行くのに、リスナーは無いものねだりで昔の夢を追いかけてしまいます。困ったものです(^^;。
 2001年、NHK-BS2が前年にマキさん春日さんの共演したライヴをオン・エアしました。完全なるOZではないけれど、ようやく念願の二人の「私は風」を観ることができました。追い求めてから約20年?長い長い道のりだったような気がします。Scribblings(落書き)に拙い感想をUPしてあります。

     2001/05/06 UP


[BANDS] [MAKI & OZ] [アルバム] [火の鳥へ!] [その後] [HOME]