火の鳥へ

「LIVE」より

このページはゲストの Hiroさんからの投稿です。

Hiroさんはカルメン・マキ&OZのライヴ体験者であり、熱烈なマキさんファンです。
特別にお願いして、同時代からのファンの思いを書いていただきました。
管理人の無茶な依頼を引き受けてくださったHiroさんに感謝です!



1977年5月21日、OZのLiveを観る為に、私は日比谷音楽堂にいた。
カルメン・マキの生のボーカルが聴ける、OZの生の音が聴けると、その時の胸の高鳴りだけを覚えていて、前座のバンドがあったのか無かったのか、全然覚えていない。
そして開演。目の前にいるマキさんがとても眩しかったのを今も思い出す。

確か、私が小学校6年生の時、マキさんの歌をTVで初めて聴いた。「時には母のない子のように」というタイトルの曲を無表情で歌うマキさんがTVの中にいた。エキゾチックな風貌と寂しそうな歌。でも旋律はとても覚えやすく、いつしか口ずさんでいた。
♪ときには〜ははのないこのよ〜うに、だまあって〜、うみをみつめていたい♪
この部分だけを何回も口ずさんでいたのを、覚えている。
この後、マキさんをTVで見たのは、紅白歌合戦の時だけ。カルメン・マキという名が気になりながらも、その後、マキさんは私の記憶から消えていた。

「深夜族」、私もそうだった。クラブを終わり、学校から帰ってくると風呂に入り、その後2時間ほど寝て、夜の10時ごろから勉強を始めた。勉強をしながら、深夜放送を聞く毎日。大好きだった洋楽ロックがかかるのを期待しながら・・。ある日、ラジオで「午前一時のスケッチ」がかかった。カルメン・マキ & OZ?、でもどっかで聞いた声だなと思った途端「ときには〜」の旋律が頭に浮かんだ。でも、最初は、「えっ、あのカルメン・マキがロック歌ってるの?」程度の感じだった。その当時、私はイギリス、アメリカのロックばかりを聴いていたから、日本のロックっていっても、ピンと来なかった。だって、その頃、日本はフォークソングが全盛だったから。

しかし、「時には母のない子のように」を聞いた時と同じく、このOZというグループがなぜか気になり、レコード屋に行った時、OZのファーストアルバムを視聴し、買ってしまった。私の好きなUriah HeepやDeep Purpleを彷彿する楽曲に、気持ちよさそうにシャウトするマキさんの声。日本にもこんな凄いバンドができたんだと感激すると同時に、カルメン・マキのボーカルにのめり込んでいった。

私が一番好きなアルバムはセカンドの「閉ざされた街」。OZには、そのサウンドとマキさんのボーカル、そしてもうひとつの魅力があった。それはもうひとりのOZのメンバーと言っても良い加治木剛さんの詩。彼の詩がこの「閉ざされた街」では全開している。彼の詩は今までの日本の歌の歌詞とは全く違う、正にハードロックの為の詩だった。この詩とマキさんのボーカルの融合、そしてそれを引き出すハチさんの作曲とギター。これらがたまらなかった。このアルバムを経て、サードを出す前に、私は待ちに待った、彼らのLIVEを今、目の前にしていた。

君が代から始まったLIVE。「午前1時のスケッチ」が始まったと思ったら、すぐ終わってしまい落胆したところに、シゲさんのベースソロ。ベースのソロって、なんかギターよりかっこいいなぁと気を持ち直し、良い気分になった時、「崩壊の前日」が始まった。この曲が大好きな私は、すでにこの時点でどっかにすっ飛んでいた。

日本で初めてLIVE Crewを用意したOZのLiveは、私の目も楽しませてくれた。
ステージ一杯に飛び交う無数のシャボン玉の中で歌うマキさんは、とても美しかった。
マキさんのボーカル、ハチさんのギター、シゲさんのベース、たくさんの音を食べた私はその満腹感で満たされていった。

「私は風」を歌っていたマキさんが当然、客席にマイクを向けた。感激して歌えなくなったのかと思い、オーディエンスは大合唱。でも、その後のマキさんが笑いながら言った「シビア〜」で、マキさんが歌詞を忘れたことが判明。でも、この大合唱、楽しかったよ。あえてこのテイクをLive アルバムに収録したのも、このアクシデントがオーディエンスの大合唱という、うまい方向に行ったからあることは間違いない(笑)。

このLIVEでは「空へ」をサードアルバムの新曲とマキさんは紹介した。その後、そのサードアルバムを手にした私は、すでにOZが解散していたことなど知らなかった。
今のようにインターネットなどない時代。ラジオや音楽雑誌を細かくチェックしないと、情報が入らない。このLiveと彼らのサードアルバムに満足した私は、このチェックを忘れ、
OZの解散を知った時には、すでに10月18日の解散コンサートも終わっていた。(TT)

なぜ解散してしまったのか・・。専門のLive Crewを持っていたOZは、お金が続かなかったとか、マキさんとハチさんの間に亀裂が入ったとも聞いた。いずれにせよ、OZは無くなってしまった訳で、この偉大なバンドを失ったことを残念に思いながら、次のマキさんとハチさんの行動を気にしていた。

その後、マキさんはLAFFやソロ、5Xといろいろなバンドを作ったが、ハチさんは、たまに楽曲を提供する程度で、何をしているのか分からなかった。
これらのマキさんのバンドのレコードは全部買ったし、全部好きだけど、OZを越えるものは無かった。その後、マキさんは歌わなくなってしまう。

1995年にマキさんが復活した。Mosesという素晴らしいバンドと共に・・。
このアルバムの中の「時には母のない子のように」のセルフカバーにはぶっ飛んだ!
ジャズっぽいアレンジとアコースティックピアノ、これに絡むマキさんの声。良かったなぁ。
「空と陸の交わったところ」の雄大さ。マキさんは生まれ変わった。素晴らしいアルバムだった。でも、ハチさんの名のないアルバムには、何か寂しさがあった。別にOZの復活を望んでいた訳ではないが、ハチさんの作った曲をマキさんに歌って欲しかった。

96年。とうとうハチさんが! 「Unison」の発表。OZという魔物から逃れるかのように、OZの音楽とは違うアコースティックな曲と共にまた、マキさんとハチさんが組んだ。
懐かしかったね。嬉しかったね。また頑張ってくれるんだと・・。マキさんはOZという魔物を退治し、Mosesより一歩進んだ新しいカルメン・マキに進化した。もう1度、マキさんのLiveを見たいと思った。OZではなく、マキさんのLiveをね。

それが実現したのは2000年4月15日の宇都宮でのLiveだった。私は現在アメリカに住んでおり、自分の一時帰国とマキさんのLiveの日程がたまたま合い、ラッキーだったと、その時は思っていた。

100人も入らない小さな会場。でも、近くで見れるからいいやと思いながら、マキさんの登場を待った。再びマキさんの姿を見た私は、どんなLiveになるだろうと期待に胸を膨らませていた。歌い出したマキさんを見て、愕然とした。何かが違う。マキさんが眩しくない! 輝いていない!77年のLIVEで感じた感動がない。なんか流しているような、悪く言えば手を抜いているような・・。唯一「じ〜ん」と来たのはOZの時代の「振り子のない時計」だけだった。アコースティック・バージョンだから? いや、違う。じゃ、何で?

一度は新しいカルメン・マキとして生まれ変わったマキさん。ファンもそれを認めていた。
しかし、マキさんのファン誰もが、今のマキさんを認めながらも、OZのマキさんを忘れきれなかった。そんなファンの気持ちがマキさんにも伝わり、マキさんは嫌気がさしてきた。でも、マキさんはそんなファンの気持ちを無視し切れなかったんじゃないか?

マキさんは迷っているんではないだろうか? OZの曲をやって欲しいと言う聴衆の期待、それをひしひしと感じるマキさんは、再びOZという魔物に取りつかれてしまったのではないだろうか? 新しいマキを見せるとかつては言っていたが、「26の時」や「振り子のない時計」、更についに「私は風」などを歌いながら少しずつ封印を解いているマキさんは、方向性に悩んでいるのではないか?

今年の3月にNHK、衛生第二で放送されたマキさんのLIVE。こんな危惧を持ち続けながらこのビデオを見た。案の定、マキさんは輝いていなかった。77年に私が見たマキさんはこんなもんじゃなかった。もっと大きくて、眩しかったし、美しい殺気もあった。
「私は風」を歌う前にマキさんは「歌わない訳にはいかない曲」とさめた感じで言った。この言葉は自分に言っているのか、ファンに言っているのか、はたして、どう言う意味だったんだろう? テレビの番組表には演奏曲が「私は風」しか書いてなかったとか。もしかして、テレビで放映する条件として、「私は風」を歌うことなんて言われてたかもしれない。

OZという魔物を打ち消すには、もう迷わず、OZで対抗するしかないのではないか?カルメン・マキの魅力を引き出せるあの歌詞、あの楽曲を作れるハチさん、加治木さん、そしてシゲさんと共に、新カルメン・マキ & OZとして、新しい曲にチャレンジしたらどうだろう。

古いものが新しい血を与えられて、全く新しいものとなっている時代。宇多田ヒカルがマライヤ・キャリー、小柳ユキがドナ・サマー、倉木がジャネット・ジャクソンと言うように、他のアーティストをアレンジしたもの(パクッて入ると言う意味じゃなく)とが受けてる時代。
OZが新OZに新しい血を流しても、良いんじゃないかな? 過去に戻れと言っているんじゃなく、マキさんが輝ける土壌で、もう一度勝負をして欲しいという事。
もう一度、売れて欲しい、そして、眩しいマキさんを見たい。そして、歌いつづけて欲しい。
これが、マキさんのファンの願いなんだから。
「カルメン・マキが今一度「火の鳥」になるには、OZしかない」と感じた最近のマキさんのLIVEでした。

火の鳥になれる今なら、今なら、服を脱ぎ捨て、生まれ変わる時。
舞い上がる、マキさんは今!


                      2001/05/06 UP

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