ロンドン篇(2)

ロンドン・ナショナル・ギャラリー (London National Gallery)  

  前頁より続く

 ◇ 洗礼者の首を持つサロメ ◇



「洗礼者の首を持つサロメ」
1607年頃
カンヴァスに油彩 90.5X167cm
   マタイ・マルコ両福音書(マタイ 14章、マルコ 6章 )によると、ガラリアのヘロデ王は弟の妻であったヘロディアを妻に迎えた。王妃ヘロディアはこの不義の婚姻を洗礼者ヨハネに非難されたため、連れ子の娘をそそのかして、ヘロデ王の誕生日の祝宴での踊りの報酬に、洗礼者ヨハネの首を求めさせた。洗礼者の首は娘によって銀の盆に載せられ母に捧げられた。ヨセフスの「ユダヤ古代誌」によると、ヘロディアの娘の名はサロメと言う。
 沈鬱で物憂げな人物達。何故か視線をそらすサロメには、洗礼者の首への執着が見られない。乳母だけは瞑目し合掌してはいるが、斬首者は自分の仕事の成果を見てくれと言うような眼差しだ。「キリストの鞭打ち」で見られるような悪役に徹してはいない。私にはここにいる登場人物たちが、聖者の死は自分たちの意志では無いという身振り、ある意味で残酷な無関心さを見せているように思われる。差し出されたヨハネの首は、まるで「虚無への供物」のようだ。
 しかし、そこにはひとりの人物の確かな意志だけは存在する。首を切望した者の強い残忍な意志が...。この作品の真の主人公は「不在のヘロディア」ではないのか?不可視の意志に翻弄される理不尽さを、この時画家は感じていたのではないか?
 やはり洗礼者の首は、画家の心的自画像だと思われる。絵の前に立ち首を差し出された観者は、今、ヘロディアへと変身し、洗礼者の死=画家の死刑判決の理不尽さを突きつけれれるのだ。 
 
 まぁ、以上は私の独断と偏見に満ちた解釈なので、異論のある方は、悪しからず(^^;;。この作品はローマを逃れた後の、第一次ナポリ滞在と第二次ナポリ滞在の間に描かれたものと推定されている。

 構図的に観ると、差し出された洗礼者の首を中心に、画面左のサロメ・乳母、右の髪を掴む斬首人の短縮法的な腕が奥行きを出している。光はやはり画面左上方と、左前方から差込んでいるようで、サロメの顔前を通り洗礼者の横顔へと注ぐ。その光が洗礼者の鼻先を照らし、首を画面前へと突出させる。目を閉じてはいるが口はやや開き、無念の溜息さえ聞えてきそうだ。まだヘロディアの不義を言い募りそうでもある。首を掴む男の肩に注ぐ光は斬首者の今仕事をしてきたばかりの腕を強調するかのようで、哀れな首との対象を示すようだ。サロメの肩から流れる布の白い質感が、また光をうごめかせながらはね返し、闇に注ぐ光の効果を盛り上げている。

 正直に言うと、この作品は「エマオの晩餐」と、次に紹介する「蜥蜴に噛まれる少年」の間にあって、どうも印象が暗く地味になる。画面から漂う沈鬱な雰囲気のせいだろう。ケレン味の多い「エマオの晩餐」と、噛まれた少年の痛さの表情のインパクトに挟まれるのは、ちょっと可哀相だ。そう思ったのは私だけだろうか?(^^;

 現在私たちが思い浮かべるサロメ像は、モローの絵や、オスカー・ワイルド、ビアズリーなどによってもたらされたイメージに負うところが大きい。特にワイルドやビアズリーの「生首に接吻するサロメ」は強烈な印象を与える。そこでのサロメは母ヘロディアの意志に従っただけの娘ではなく、怪しげなベールの踊りにより、自らの意志で首を望んだ妖婦(古いよね〜、この表現(^^;)として描かれる。
 だが、CARAVAGGIOは聖書に基づいた、先駆的な宗教画の様式を踏襲している。構図的にはルイーニの作品の影響を見ることができよう。



ウェイデン(Rogier van der Weyden)
St John Altarpiece (右パネル)

1455-60年頃
樫板に油彩  77 x 48 cm
ベルリン国立絵画館 所蔵


  
    


ルイーニ(Bernardino Luini)
Herodias

1527-1531年頃
板にテンペラ 51 x 58 cm
フィレンツェ ウフィツィ美術館 所蔵

 
 ベルリンで観た時、私の持っていたサロメ像が揺らいだ。そうか、サロメはヘロディアの傀儡だったのだ...と聖書記述に立ち戻った作品
 なんだか、厭そーな顔のサロメだ。奥の上段にはヘロデ王とヘロディアが居る。「ママが欲しいと言ったんだからぁ..」というところか?(^^;
 画題自体が「ヘロディア」なのだ。私としては、サロメではないのか??と疑問に思った作品。当時は、首を望んだ=ヘロディア=サロメ同一視もあったようだ。「どちらを描いたのかは画家でないとわからない」とは、相互リンク先の「えかきのき」さんのお言葉。(参考ファイル
 ヘロディアとしたら、「よくも私を侮辱したわね、ふん!」というところだろう(^^;





カラヴァッジォ(Caravaggio)
洗礼者ヨハネの斬首
1608年
カンヴァスに油彩 361X520cm
バレッタ 聖ヨハネ大聖堂 所蔵
        



カラヴァッジォ(Caravaggio)
洗礼者ヨハネの首を持つサロメ
1609年
カンヴァスに油彩 116 x 140 cm
マドリード 王宮(エスコリアル) 所蔵
 マルタにある、洗礼者ヨハネの斬首場面を描いた作品。ここでのサロメは普通の少女として描かれている。斬首者の非情なポーズが、洗礼者の死に理不尽さと哀れさを誘う。首から流れ出た血で画家は自分の名を珍しくサインする。騎士ミケランジェロ..。
 洗礼者ヨハネの名を戴く聖ヨハネ騎士団の聖堂内祈祷堂に燦然と輝く大作だ。私が対面した時、フィレンツェでの修復を終えたばかりで、その清冽な画面に魅了された。
 マドリードにあるロンドン作品と同名主題の作品。斬首された首を多く描く画家は、心理的トラウマを持っていたかも知れない。勿論これは憶測だが...。
 私のまだ観ていない作品である。ロンドン作品よりも闇が深く、その光とのコントラストが印象的だ。より深い心理劇を想像させる。


ロンドン篇(2)の前篇 2002/10/14 UP

◇蜥蜴に噛まれる少年◇



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