REPORT
 「ウィーン美術史美術館展」鑑賞記 ―


 ウィーン美術史美術館所蔵『荊冠のキリスト』は果たしてCARAVAGGIOの真作か?


 専門家が研究し、論議を尽くしても、未だ決定打に欠けるのは何故か? 今回、東京藝術大学美術館で仔細に観察した結果を元に、絵画にはド・シロートである私が独断と偏見を持ってした大胆な推論とは…?! 

 「CARAVAGGIOらしさ」を推し進めて考察すると、CARAVAGGIOはこの作品を描いている途中で投げ出したのではないか? 

即ち、未完の作品であり、もしかして他の画家の筆も入っている可能性もあり得る。

(専門家の皆様、クロート筋の皆様、石を投げないで下さ〜い(^^;;;)


(クリックで大画面)
CARAVAGGUO(?)
「荊冠のキリスト」
1602-4年頃
カンヴァスに油彩 127X165.5cm
ウィーン美術史美術館 所蔵
   まず、構図と作品の迫力を観ると、CARAVAGGIO以外の画家を想定することはできない。だが、確かに細部に不備があるし、画家らしさに欠けるところも多い。専門家の多くも、ここで悩んでしまうところだろう。
 では、コピー作品か?コピー作品としても、この迫力ある画面を再構成できる画家はいたのか?専門家の間ではGiovan Battista Caracciolo の名が挙がっているようだ。ナポリ時代のCAARVAGGIOから直接影響を受けたCaravaggeschiだ。CaraccioloはCARAVAGGIOの死後、ローマにも行っているから、この作品がジュスティニアーニ・コレクションに入っていてもおかしくない。確かにCaracciolo説は否定できない。この場合は、図録の1602-4年という制作年の変更が必要になろう。
 しかし、図録によると、この作品にはCARAVAGGIOの特徴である筆の柄のようなものを使って引く輪郭線が見られると言う。「フォロフェルネスの首を斬るユディット」の制作技法で触れたが、画家は素描をせず、ナイフの柄のようなものを使って下塗りしたキャンバスに輪郭線を刻み付けて行く。真筆の可能性も高い。


 さて、今回、作品を観て気がついたことを挙げる。

.  1   キリストを陵辱する側の人物描写はCARAVAGGIOらしく克明なのだが、主役のキリスト自体に迫力が無い。まず、画集では気がつかなかったのだが、キリストは目を開けている。上目使いをしている。が、目に光が無く、死んだような目だ。これは目を完成させる前に手を引いたとも考えられる。キリストだけは後から描いたのではないか、とも疑っている。私的にはモデルが画家好みではないような気がする(^^;
 
.  手の表現に緊張感を表現するCARAVAGGIOの作品のなのに、キリストの葦の棒を掴む指に塗り残しがある。人差し指と中指の間に注目して欲しい。更に、キリストと甲冑を着けた男のおさだなりの爪の描写。日頃、CARAVAGGIOの指の描写に注目してきた私には許せない(^^;。葦の棒を握り、いぢめる二人の男の爪の描写は完璧である。ベルリンのアモールの足の爪さえ汚れまで見せる写実描写を行ったというのに….。
 
. キリストの腕と葦の棒とに巻きつけられるべき縄目のいい加減な描写。ティツィアーノのあの縄目を再現しろとは言わないが、プラートの同主題作品のように描写すべきなのだが…。(下記<参考作品>を参照)
 
. 甲冑を着ける男が手を置く横木の唐突で都合の良い出方。あれあれ♪(^^;。キリストが腰掛ける板だって、支柱が見えない(笑)。まあ、CARAVAGGIOは力技で辻褄合わせをするからなぁ(爆)。尚、キリストをいじめるふたりの男の葦の棒の力点については、下記考察で私的には納得した。
 
. 光の散乱。画面左上方からの際立つ光は了解する。が、しかし、光はそれだけではない。これは、ロンドンの「エマオの晩餐」の「光の考察」でゲストのバリサケオさんが考察した通り、いくつもの光源を置いているためであろう。CARAVAGGIOは光を際立たせるため、闇を後から塗り込めていく画家である。もしかして、この作品では、光の集約途中だったのではないか?それとも、この作品における光源の多様性が「エマオの晩餐」に繋がったのか?


 と、いうことで、CARAVAGGIOらしさと、らしくなさ、との相克の狭間に立ち、考察すると….

.  @ CARAVAGGIO原作であることは間違い無いと思う。
 
A CARAVAGGIOの描画法の特徴である柄による輪郭線の存在から、真筆の可能性も強い。
 
  B キリストを除く男達の描写は優れている。が、手抜き部分もある。キリスト及び、画面下方部の手抜きは、画家が制作途中で放棄した可能性を示唆する。この場合もその後完成させた画家がCaraccioloということもあり得る。

   ということで、結論は...CARAVAGGIOの「未完成作品説」を唱えたい(笑)

 実は個人的に全面的真作と断定したくない(爆)。WORKSに入れなかったのもその為だ。何故ならば、やはりキリストがちょっと「ちがう」から….(^^;;;

<参考作品>


(クリックすると大画面)
CARAVAGGIO
「荊冠のキリスト」
1602-03年頃
カンヴァスに油彩178 x 125 cm
プラート 貯蓄銀行 所蔵


   このプラートの「荊冠のキリスト」を見ると、その完成度の違いは一目瞭然であろう。キリストの目は生きている!キリストの腕の縄目の描写も生々しい。画面からは劇的な緊迫感が漂う。ウィーン作品の推定制作年と殆ど変わらないのに...何故?やはり、ウィーン作品は未完成作品だと思うのだ(^^;
 
 ウィーン作品について、掲示板でゲストのえかきのきさんより、二人の男は具体的にどうやってキリストをいじめているのか?という、棒を持つ力点からの問題提起をいただいた。その時にティツィアーノ作品により下記のように考察した。

 多分... 投稿者:June@管理人 [東北] 投稿日:2002/10/12(Sat) 16:01
  ティツィアーノの絵をもっと拡大して見てみると、
荊冠と頭との間に棒を差し込み、荊の棘を頭に食込ませているのではないかと...
(Christ Crowned with Thorns, c. 1542, Oil on canvas, 303 x 180 cm., Musee du Louvre, Paris)

http://www.kfki.hu/~arthp/html/t/tiziano/4religio/index.html

CARAVAGGIO(?)の絵は、今二人の男がそれぞれの棒を差込んでいるところのように思えます。
画面右手の男は、特に嘲笑しながら差込んでいるようにも見えるのですが...
実物を観た皆さんはどのように思われましたか?

 その後、プラート作品の解説に、荊冠を棒で押し込んでいるという表現を見付けた。「キリストの頭の上へ荊冠を下へ非常に熱心に押している」

"A third assistant is pressing the crown down so hard on to Christ's head with his stick that a drop of blood is running down his temple." (Web Gallery of Art)

 やはり、茨の棘をずらし食込ませながら、傷つけ痛みを与えているということになるだろう。傷ついた頭から血が...。痛々しい....

以上、絵画について「ド」がつくほどのシロートの独断と偏見に満ちた考察と推論でした(^^;;;;;
異論反論、何でも受けつけます。でも、石だけはぶつけないでね(笑)

2002/10/27 更新


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