IMPRESSION
―  独断と偏見  ―

CARAVAGGIO雑感

画家について、独断と偏見に満ちた考察あれこれです。


★ 性格についての考察・・・困った性格です(^^;

 ◇父フェルモはCARAVAGGIOが6歳の時に亡くなり、画家は母親に溺愛されわがままに育ったようです。その後のミラノでの画家徒弟時代も殺傷沙汰を起こしています。ローマ移住後の 記録に現れるだけでも、違法帯剣したり、喧嘩・殺傷沙汰が耐えません。遂には球技での喧嘩が元で殺人を犯し、ローマから逃亡せざるを得なかったのですから、粗野で自己抑制のきかない直情的な性格だと言えます。自分の内部でもその暴力性を暗く見つめていたに違いありません。作品の中にさりげに自画像を多く残していますが、自分自身への嘲笑と嫌悪を見る事ができます。「ゴリアテの首を持つダヴィデ」のゴリアテは将に自虐的な画家の自画像です。
 

★ 宗教感についての考察・・・フィリッポ・ネリ派?

 ◇北イタリア出身という事で、北方の真摯で素朴な宗教感をもっていたようです。彼の描く宗教絵画の登場人物達は当時の画家の周りの庶民達をモデルに描いています。「ロレートの聖母」に登場する敬虔で素朴な巡礼者の老夫婦は裸足です。その土まみれの裸足を描いたために画家は教会から非難を受けます。自然主義的宗教絵画の傑作なのに....。彼の宗教画のなかには清貧主義的な傾向を見て取る事ができます。フィリッポ・ネリ派のシンパなのでしょうか?
 私は「ロレートの聖母」を観る以前に、聖ポポロ教会にある「聖ペテロの磔刑」を観て、後ろ向きの人物の裸足の汚れのリアルさに感嘆したものでした。ルネサンス時代を中心に観ていたので、ここまで描く画家は初めてで、ことさらに新鮮でした。

 ◇カラヴァッジオの描くキリストは美化された理想的キリストではなく「苦悩するキリスト」です。聖人たちもしかり。聖人たちの人間的な苦悩を共有できる気がします。しかし、SMっぽいよな、と思う異教徒の管理人でした(^^;


★ 性癖についての考察・・・バイ・セクシャル説もあります(^^;

◇描かれた人物達から想像できる両性具有的挑発感に戸惑うことがあります。色っぽ過ぎるのです。例えば洗礼者ヨハネですが、やけに官能的な少年を描くのですが、杖と羊さえあれば瞬く間に挑発的な若者でも聖者に変身してしまう(笑)。イコノロジーのマジックでしょうか?パトロン達がこの手の絵を好きだったとも言えるでしょうが、描く本人はどうだったのでしょうね?

◇映画「CARAVAGGIO」を撮った故デレク・ジャーマンは画家に同類の魂を見たのではないでしょうか?あの映画を観るとジャーマンの画家に重ねた深い共感を知ることができます。自分自身に正直に生き、社会の常識と戦う作品を制作し続けた画家と監督でもあります。そして、ジャーマンはゲイとして生き、94年エイズにより亡くなりました。




  私はCARAVAGGIOファンですが、同じ時代に生き、画家と知り合いであったら、きっと「いやな奴だ」とか言っていると思います(^^;;。かなりのわがまま者だったうえ、自己抑制の効かない喧嘩癖。結局そのために身を滅ぼしたとも言えますが。それでいて、絵筆を握らせれば天才的、というのも困ったものです。デル・モンテ枢機卿等のパトロン達がせっせと喧嘩・殺傷沙汰の尻拭いに奔走していた様子は、なにかしら微笑ましくもありますが。
 しかし、作品から伺えるのは彼の素朴で確固たる宗教感です。彼は敬虔なキリスト教者でもあるのです。画家自体も自分自身を持て余していたのかも知れません。自画像を多く残していますが、それも自分自身をかなり自虐的に描いています。そしてCARAVAGGIOの画面に登場する闇が後期になればなるほど内省的に光を侵食して行くのです。
 カラヴァッッジオの複雑さというのは、暴力への衝動と素朴な宗教感という相反するものを内に抱え、尚且つ芸術家として自分自身の精神の闇と向かい合わざるを得ない、というところから来ているのかもしれませんね。



真面目なCARAVAGGIO論を読みたい方には
若桑みどり氏の作家論(集英社刊「世界美術全集 11 カラヴァッジオ」)をお薦めします。
氏の画家に対する熱い思いが伝わってきます

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