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 HISTORY  ― 歴史 ―                


カラヴァッジオが活躍したのは16世紀末から17世紀初頭の短い期間です。
カラヴァッジオはイタリアにおける初期バロックを代表する画家として有名です。

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            イタリアでは15〜16世紀にフィレンツェを中心にルネサンスが花開き、ご存知のようにレオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロといったルネサンスの天才達が活躍しました。ルネサンス美術は古代ギリシア・ローマ的精神世界を理想とし、絵画にもその理想的表現がみられます。それまでの中世教会に縛られた美術から解き放たれ、人間性に富んだ優雅で調和に満ちた作品の数々。その芸術は今も私達を魅了しています。

 しかし16世紀初頭になると、ルターの宗教改革によりローマ教会世界では不安で扇情的な美術が現れました。ルネサンス時代の人間的で異教化(ギリシア・ローマ神話化)した美術への反動かもしれません。この時代の美術を代表するマニエリスムは、ルネサンス時代の人間的世界を離れ、主題が天上の神へと上昇します。そこに描かれるのは人間的肉体ではなく、人工的なまるで神の精神性を象徴するかのような浮遊感のある宗教画でした。

 そして16世紀末、反マニエリスムとして現れたのがバロックです。バロックとはポルトガル語で「歪んだ真珠」という意味から来ています。

 反宗教改革を進めるローマ教会は浮遊した神を地上に引き戻すことが必要になりました。即ち民衆に宗教心を再び呼び戻すためです。そのためにはより民衆にわかりやすく、信仰心を煽る芸術が望まれていました。

 16世紀末、優れた写実的作品で頭角を現し、革新的絵画表現で当時の人々の心を捕らえ、一大センセーションを起こしたのがカラヴァッジオでした。彼の劇的な構成力と自然主義的写実によって描かれた宗教絵画は将に新しい時代のための絵画でもありました。そして、彼は光の明暗による効果によって、絵画に新しい創造性をもたらしたのです。
 カラヴァッジオは絵画のモデルを彼の身近な庶民達に求めました。宗教的場面でさえ、その当時の庶民の世界のなかでの出来事のように描かれ、そのリアリズムは教会側の反発を招くことにもなります。モデルの出自さえ問題視されています。いつの時代でも真に革新的なものは世に受け入れ難いものです。古典的な神の理想像を求める教会には、彼の自然主義的な写実表現は新奇であると受け取られ、いくつかの作品は受取り拒否まで経験することになります。
                 

 カラヴァッジオの初期は優れた自然主義的写実による静物画や世俗画を多く描いています。が、やがてデル・モンテ枢機卿等の庇護の元、教会用の宗教絵画を多く描くようになり、その革新的な表現力を深めて行きます。特に画面を支配する劇的な構成と写実描写、そして光と闇の明暗法はカラヴァッジオ絵画の特徴といえます。明暗法のスポットライト的な効果は宗教性の表現を際立たせると共に、闇に込められた精神性を見る事ができます。後期には闇が画面を大きく侵食し始め、画家の精神的内面を物語るかのようですが...。

 カラヴァッジオの絵画はイタリアの画家達だけではなく、後に北方絵画の画家達、ルーベンス、レンブラント等にも影響を与えています。 また、カラヴァッジオの再評価の立役者であるイタリアの美術評論家ロベルト・ロンギが次ぎのように語っているのも興味深いです。
 「カラヴァッジオは、<光>による新しい<絵画的マチエールの中に獲得された創造性>の伝統を定めた本質的な礎石である。この伝統は、ル・ナンからシャルダンを経てクールベに至る、フランスのもっとも優れた画家たちを生み出した。」(「イタリア絵画史」より)


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